ⓔコラム18-11-5 サリン中毒 (sarin poisoning)

 本来は有機リン系殺虫剤を開発する過程で発見された化学物質で,毒性があまりにも強力なため,実質的には化学兵器以外の用途はない.VXガスと同じく強力なコリンエステラーゼ阻害薬として作用し,アセチルコリンの分解を阻害して神経伝達を麻痺させる.呼吸器系からだけでなく皮膚からも吸収されるために,対応するときにはガスマスクだけでなく防護服の着用も必要である.化学的には不安定な物質で,熱分解や加水分解されやすいため,サリンの除染では大量の塩基性水溶液で洗い流す.イラン・イラク戦争中のイランでサリンにより数千人が死亡しているほか,1990年代に新興宗教のオウム真理教がサリン製造プラントを建設し,裁判妨害や社会混乱を意図して松本サリン事件 (1994年6月27日に発生.負傷者約660人,死者8人) と,営団地下鉄サリン事件 (1995年3月20日に発生.負傷者約6300人,死者13人) を引き起こしている.またサリンに近い構造のVXガスは,やはりオウム真理教が1994~1995年にかけて襲撃事件や暗殺事件に用い,2017年2月13日にはマレーシアのクアラルンプール国際空港での北朝鮮の元政治家金正男の暗殺事件に用いられたとされている.

〔古谷博和〕